2012年04月23日
関旧市街 47
2012年04月16日
関旧市街 46
2012年04月01日
関旧市街 45
2012年03月11日
関旧市街 44
2012年03月07日
関旧市街 43
関名物うなぎ店を通り過ぎてしばらくすると上空アーケードが切れてしまう。いままではあったので上空まで視界を遮る障害物がなくなり風景が一変している。片側は都市計画により新築ビル群となり瀟洒な街路灯にマッチした商店街である。アーケードがないほうが車で目的の店舗が探しやすいのですっきりしているほうが良いようにも思うが雨天時の買い物にはアーケードも重宝する。歩道も広くなり気分も一新する。稠密している街区に縦横の道路が真新しく貫通した景観を遠望すると爽快な胸中にしてくれる。しばらく四囲を眺めていたが信号が青に変わるとともに前進する。
2011年12月26日
関旧市街 42
両サイドの歩道にはアーケードが架けられ、雨天でも便利と言うことでずっと続いている。その高さは二階の窓下あたりから施行されているので視線は自然と一階ショウウインドウに目を向けることになる。どこでもそうなのだが同時に両サイドの商店街を見ることはできず片側だけを見ることにする。今ではシャッターが下りている店舗も見受けるがどこの都市でもある光景だから気になることはない。店舗がなくなりその跡地がすっかり住宅に変わっていることはあまり見受けない。
2011年12月19日
関旧市街 41
踏み切りを渡り始めると単線のためすぐに渡線してしまい隣街区に入る。近年踏み切り拡幅工事がないので車の行き違いも慎重運転で乗り切らねばならぬ道幅なので車両通行が輻輳するときは歩行者も緊張するのである。踏み切り端からすぐに商店街となり街路樹を伴う新しい道路は街の景観を美化してくれ気分が晴れる。いまではこのあたりに飲食店はなく腰を落ち着けるところはないが歩行を楽しむには安らげる。栄町交差点を左に進路をかえるとすぐに長良川鉄道の踏み切りになる。ここから前方を見ると両脇には商店が軒を連ねその数は計り知れない。
2011年12月10日
関旧市街 40
駅から先はうんと道路幅が広くなり大型バスの往来も支障なくできるが、路線バスは走っていないので道際の歩道沿いに間断なく家屋が堵列していても静穏な居住環境が乱されることは少ない。叢古とする佇まいは歴史を帯びており立ち止まり懐旧するのである。四つ角に差し掛かると左に善光寺の階段が遠目に見えてくるがそちらには進まず右方に進路をとる。左右は相変わらず旧来の家屋が並んでおりそこを過ぎると駅からはじめての踏み切りがある。国鉄時代は蒸気機関車が走っていたのにこんなに近くい集しているのは鉄道が貴重な交通手段だったからとも推測する。
2011年12月05日
関旧市街 39
すぐに路地みたいな道路になるがここは旧国鉄越美南線関駅駅前通りであるから、当時はこの道幅で支障はなかったのであろう。歩道のない道なので乗用車が来ても徐行してくれるので危険は感じない。どういうわけかいまだに拡幅工事がないのは優先順序が下位にあるのか、交通量が少ないのかもしれない。両脇には道路いっぱいに沿って人家が並び視野を前方だけに向けることになる。雑念を浮かべる猶予もなく右側に関駅が見えてくる。駅舎は開設以来の木造であり往時を回想することができるが、蒸気機関車が運転していたころのにぎわいと今とでは時間の流れが随分あると思う。都会では電車、バス、地下鉄が交通機関の主役であるが地方ではそれに匹敵するほど便利な移動手段は自動車となり、朝夕を除けば利用客が少ないのはローカル線の実情である。
2011年11月28日
関旧市街 38
今では幹線道路になりつつある道路を進めばすぐに小橋を渡る。そこをすぐ右に折れて小路を南下する。車一台分の幅でしかも山裾にそいカーブしているので見通しが悪いので安心して歩けない。そのいちばん膨らんだ地点に差し掛かるとすっかり見通しが良くなり緊張の糸を緩める。その当たりから長良川鉄道の線路が道路と平行するようになる。運転頻度が少ないので出遭うこともなく線路を見下ろしながら道路端を歩度をあげる。都市計画により線路脇の人家はほとんどなくなり広い空地の向こうには関市文化会館の全容が障害物もなく見渡せる。催事がない日は人影もなく静まっており白亜の建物は人待ち顔で立っている。


